第2回 情報の収集が進まない理由と対応策
最終更新日:2024.10.24
はじめに
前回は、人事DXの全体像に触れました。
今回から各論に入りますが、まずは、なぜ人事という論点において、データ収集、さらにはその先にある「分析」にたどりつけないのか。
日本企業の固有の問題、そしてその解決につながるある業界の取り組みについて触れていきたいと思います。
人材の価値の開示
2022年2月の日本経済新聞に、『「人材の価値、開示に指針」政府、企業に育成戦略など促す~政府は今夏にも企業の「人的資本」に関する情報開示指針をつくる』という記事が載りました。
具体的な内容はこれから詰める段階ですが、社員の多様性や人材教育などが開示対象になっているようです。
また、今後、金融庁とも連携し、将来的には有価証券報告書への記載も視野に入れているようです。
一方、米国などでは、すでに2020年から以下の8項目にわたり、人的資本情報の開示が義務化されました。
1.労働力の人口統計情報
(フルタイム、パートタイム、派遣(臨時、契約)従業員の数など)
2.自発的離職率と保持率、非自発的離職率、内部雇用率、内部昇進率など、
労働力の安定性の情報
3.労働力の構成
(上級管理職を含む従業員の多様性に関するデータやポリシー、監査、プログラミングの支出など)
4.労働力のスキルと能力
(従業員のトレーニングとクロストレーニング、訓練時間、訓練コスト、利用率など)
5.労働力の健康、安全、ウェルビーイング
(怪我、病気、死亡による頻度、重症度、時間のロスなど)
6.労働力の報酬とインセンティブ
(給与と賃金、手当などのコスト、有給休暇、失業保険への拠出額など)
7.労働力の採用とニーズ
(大学の学位を必要とする新しい仕事のシェアや雇用の質など)
8.従業員の関与と生産性
(労働者の関与、生産性、ワーク・ライフ・バランスのイニシアチブなど)
人事関連の業務に携わっている者としては衝撃的でしたが、日本においてはそれほど話題に挙がることはありませんでした。
もちろん、いくつかは開示することにより、投資判断ができる事柄もありますが、あまり意味のない事柄もあり、議論の余地はあります。
しかし、前回も触れましたが、日本においては、人事データの蓄積という概念があまりなく、また収集しなければならないという意識も少ないと思われます。
そもそも、日本の企業の独自性が理由だと考えています。
日本企業の人材マネジメント
日本の場合、平等主義が強く、また労働契約における業務内容が曖昧かつ広範囲にわたるため、ジョブ型等の概念が浸透しない背景があります。
欧米においては、ジョブ型の概念がかなり浸透しており、従事している業務の内容が細かく設定されている、またそれらのレベル分けが十分にされています。
そのため、誰に対してどのレベルがあるかが可視化できています。
その結果、何が足りないかが明確になり、それを埋めるがための教育体系が確立されます。
それらがデータベース内に管理されることで、必要な人材の状況が瞬時に理解でき、配置等にも役に立ちます。
一方、日本企業においては、まだまだ人となりや努力、好きか嫌いか、などの判断理由で評価・配置転換が行われる傾向が強くあります。
そのような内容は主観的であるため、データベースに残すのはあまり意味がなく、進んでいないものと思われます。
今後、少子高齢化が進み、人材の育成・登用は重要な事柄になってきますが、まだまだ、人材は市場に一定量存在し、現場で使える人材をその都度補充すればよい、成長は自らの意思で行うべきものである、業務等は目で盗め、などの文化が根強く残っているといえます。
また、日本企業においては、今でこそ終身雇用・年功序列が崩壊しつつありますが、依然としてその名残りは潜在していると考えられます。
その背景として、戦後から高度経済成長にかけて日本企業は成長を遂げ、それを支えてきたのが終身雇用・年功序列といった制度でした。
経済が成長する以上、一入社した人に対しては、毎年昇給(ベースアップ)があり、それが定年退職まで継続することができました。
しかし、バブル崩壊、リーマンショックなどを通じて、日本企業は低成長時代を迎え、全体的な底上げが難しくなりました。
そのため、非正規雇用を増やし、人件費上昇の調整弁の役割を持たせました。
その結果、全員ではなくなりましたが、一部企業の一部の人(いわゆる正社員)の終身雇用や年功序列が維持されてきました。
そこから漏れた人も、「正社員になりたい」など、安定志向はいまだに根強く残っています。
会社に入ることが目的になってしまい、「何をするのか」、また「何ができるのか」という意識はまだまだ希薄だと思います。
データ化を進めた医療業界
人事に限らず、データ活用という概念の浸透は欧米に比べるとまだまだ浸透していません。
製造業などの原価・管理会計の分野などには浸透していますが、定量で測ることができるものがほとんどです。
定性的なものが多いため、人事データについてはほとんど浸透していないのではないでしょうか。
やはり、人事情報のデータ化ということは難しいのでしょうか。
1つの解決方法として、医療業界の例を考察してみたいと思います。
現在、テレビドラマの影響もあり、癌において「ステージ」という言葉は一般的な言葉となりました。
ステージは癌の範囲等を表す指標であり、本来はいわゆる定性的な指標になりますが、細かく範囲を定義することにより定量化するようになりました。
その他にも、救急時の意識レベルや疾病の程度等、あらゆる症状・状態を定量化しています。
また、大病院を中心にカルテの電子化が進んでいます。
電子カルテには診療履歴等が記録されるようになりました。
医療の世界も、診療報酬の点数だけ管理しておけばよいという文化(すべての医療行為をデータ化する必要はない)がありましたが、政府・行政による診療報酬決定等において、医療行為ほかのデータが求められるようになり、データ化が加速化しました。
同じような取り組みが人事でもできるのではないでしょうか。
給与計算・社会保険手続きについても、「正確にできればよい」「それ以外の情報は必要ない」という意識から脱却し、他の関連情報の紐付けを行うことができると考えています。
具体的には、ジョブ評価の客観性の確保、スキルレベルの統一、転勤の可否・退職理由(建前と本音)など様々な情報の定量化を1つひとつ進めていくことにより、人的資源の可視化が達成され、どの部分に問題があるのか、またこれらの資源をどのように活かすことができるのか、医療業界の実践例が1つのヒントになるのではないでしょうか。(医療情報のデータ化について、筆者の間違った解釈がある場合はご容赦ください。)
今回はアメリカの人的資源の情報開示と、日本における人事データの取り扱い、さらにはその解決策として医療業界のケースについて触れてきました。
次回は、さらに踏み込んで、日本における人事の慣習から、データ化に向けた価値観の転換について触れていきたいと思います。