部下が上司をいじめる!これはパワハラに該当するのか?
最終更新日:2024.10.24
目次
問題の事象
当社の総務課長Yは部下Xと折り合いが悪く、部下Xはいつも「Yは無能な上司だ」「会社のお荷物だ」などと悪口を言っており、Yの業務上の指示にも従いません。
Yは真面目でおとなしい性格であるためXを注意することができず、黙って我慢しているようですが、他の社員からコンプライアンス窓口に対してこのような行為はパワハラに該当するのではないかとの申告がありました。
Xに対して、どのように対応したらよいでしょうか?
解説(基本的な考え方)
申告が事実であるとすると、当該行為はパワハラ(正式名称:パワーハラスメント)に該当する可能性が高いです。
パワハラというと上司から部下への行為という印象を持ちがちですが、たとえ部下から上司への行為であっても実質的な関係性から判断をすることになります。
事実調査の結果、パワハラの事実が認定された場合には、まず加害者であるXに対して
- 注意や指導
- 配転
- 降格
といった人事上の措置を行うことが考えられます。
そして、
- 注意や指導によって改善が見られない
- 配転等の措置が不可能
このような場合には、懲戒処分についても検討することになります。
「パワハラ」とは
パワハラ(正式名称:パワーハラスメント)について厚生労働省の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告」(平成24年1月30日公表)では
としています。
ここからは上の者から下の者に対するいじめや嫌がらせというイメージをもちますが、職務上の地位のみではなく人間関係の優位性についての言及がある点が重要です。
当報告でも職場内の優位性とは人間関係や専門知識などの様々な優位性が含まれる趣旨であるとされており、部下から上司に対するいじめや嫌がらせ等もパワーハラスメントに該当するものとしているのです。
パワハラの種類
パワハラの代表的な種類としては
①身体的な攻撃
- 殴る
- 蹴る
- たたく
- 胸ぐらや襟首をつかむ
- 物を投げつける
②精神的な攻撃
- 「無能」や「お荷物」などのように人格を否定するような言動をとる
- 他の従業員の前で威圧的な叱責を繰り返す(大きな声を上げる)
- 罵倒するような内容のメールを他の従業員の目にも留まる形で送信する
- 「クビにする」などの職を失わせることをほのめかすような言動をとる
③人間関係の切り離し
- 他の社員との接触や協力を禁止する
- 陰口などを言い、特定の従業員を孤立させる
- 長期間にわたって、一人だけ別の場所で仕事をさせる
④過大な要求
- 達成不可能なノルマを設定する
- 業務とは関係のない私的な雑用をさせる
- 連日、徹夜仕事を強要する
- 上司が誤った指示をしたのにも関わらず、特定の従業員に始末書を書かせる
⑤過小な要求
- 特定の従業員を退職させる目的で、その従業員の能力とかけ離れた低い業務を行わせる
- 他の従業員と比べて著しく少ない件数の仕事しか与えない
- 専門職として採用したにも関わらず、専門性を必要としない部署へ異動させる
⑥個の侵害
- 不在時にかばんの中などを勝手に物色する
- スマホを勝手に覗く
- 家族や恋人のことをしつこく聞く
- 病歴や不妊治療などの個人情報を他の従業員に勝手に暴露する
などがあります。
今回のケースでは②の「精神的な攻撃」に該当する可能性があります。
調査の手順
注意すべき点
今回のケースでいうと、部下Xの行為はパワハラに該当する可能性があるものとして迅速に事実調査を開始し、事実を認定する必要があるのですが、
嫌がらせ等を受けた上司もまた、体面上、自分からその事実を口にしたがらない
ケースもあります。
そのため調査するにあたっては、例えば聞き取りを弁護士に依頼するなど、十分な配慮が必要となります。
調査の流れ
パワハラの事実調査の流れは下記の通りです。
- 調査担当者を決める
中小企業等の人数が少ない会社では1名で調査を担当することも多いが、調査の客観性を担保するために複数名で担当することが望ましい - 被害者・加害者・目撃者・関係者からのヒアリングを行う(加害者・目撃者・関係者かのヒアリングに関しては、被害者の承諾を得たうえで行う)
- パワハラがあったことを裏付ける客観的な証拠資料を確認する
- 録音、録画、写真
- メールやライン等のやりとりの履歴
- 診断書やカルテの記載
- 被害者の日記やメモ
もしも上記のような証拠資料がない場合には、
- 被害者、加害者の主張
- 関係者の証言
そして彼らの主張や証言の整合性がとれた場合に、加害者である部下Xに対しての最終的な処分内容が決定されるという流れが基本となります。
加害者の処分について
今回のケースでは
- 上司に対する誹謗中傷は職場秩序を乱す行為
- 上司の業務上の指示を聞かないという点は業務命令違反
懲戒解雇にする場合
加害者にとって最も不利益な「懲戒解雇」を選択する場合には、加害者の納得が得られていることが重要です。
加害者の納得を得るためには、
- 先述で述べた事実調査を基に、「加害者の行為はパワハラである」と断定できること
- 会社からの指導や懲戒処分にも構わず、加害者がパワハラ行為を繰り返していたという事実が確認できること
- 加害者の行ったパワハラが懲戒解雇を正当化するほどの重大な行為であったと断定できること
- 就業規則でパワハラが懲戒解雇事由として定められていること
これらのことが必要となります。
過去の判例
解雇が有効となった例
過去に解雇が「有効」となった判例ないし裁判例は下記の通りです。
- 虚偽の事実を織り交ぜて学校及び校長に対する誹謗中傷を行った教員(学校法人敬愛学園(国学館高校)事件・最一小判平6・9・8労判657号12貢)
- 上司や管理職に対する批判・非難を繰り返した従業員(セコム損害保険事件・東京地判平19・9・14労判947号35貢)
- 注意や出勤停止等の処分を受けた後も勤務態度が改まらず、かえって上司に対し反抗・揶揄・愚弄するようになった従業員(三菱電機エンジニアリング事件・神戸地判平21・1・30労判984号74貢)
これらの解雇は有効と判示されています。
解雇が無効となった例
過去に解雇が「無効」となった判例ないし裁判例は下記の通りです。
- 「アホバカCEO」などと上司を誹謗中傷するメールを送信した従業員
約22年間にわたり特段の非違行為もなく勤務成績も良好であったこと等を勘案すると、こちらの例でいう解雇は、客観的合理性と社会的相当性を欠く結果となる(グレイワールドワイド事件・東京地判平15・9・22労判870号83貢)
- 管理職の名誉を毀損した原告
愚弄する内容のメールを送信した事実は認められるが、会社がこれについて何ら注意・指導を行わなかった(北沢産業事件・東京地判平19・9・18労判947号23貢)
これらの解雇は無効と判示されています。
パワハラ防止策
パワハラ行為を絶対に起こさせないために、以下の例のように十分な防止策をとっておく必要があります。
①会社としてパワハラを許さないことを全従業員に周知、啓発する
- 社内報や社内ホームページに掲載
- ポスターの掲示など
②就業規則等でパワハラの禁止と、パワハラをした場合の懲戒処分を規定する(注:パワハラの規定がないと、万が一社内でパワハラが発生しても、加害者を懲戒処分にすることができない)
③パワハラについての理解を深める研修や、コミュニケーションスキルアップ研修を定期的に行う(上司の場合は、これに加えて正しい指導方法に関する研修も行う)
④定期的にアンケートや面談を実施し、パワハラが起きていないかをチェックする
⑤相談窓口を設置する
- 社内設置、社外委託、社内設置と社外委託を併用などがある
- 相談を受けた場合の対応手順をマニュアル化する
- 相談担当者にカウンセリング方法の研修などを行う
- 相談窓口の存在と詳細を従業員に周知する
- 今後パワハラに発展し兼ねないケースの相談にも対応する
⑥パワハラの相談を受けたら迅速かつ適切な事実調査を行う
⑦被害者に対して十分な配慮をした措置を行う
- 加害者との関係改善のための援助
- 配置転換
- 不利益の回復
- 産業医によるメンタルの不調への対応など
⑧加害者に対する適正な措置を行う
- 就業規則など、社内ルールに基づいた処分内容の検討
- 配置転換
- パワハラを繰り返さないための研修や定期的な面談
⑨相談者に対して不利益な取扱いをしない
- 就業規則などで、「相談者に対して不利益な取扱いをしない」旨の規定をする
- 相談窓口の設置を知らせる文書等に、「相談者に対して不利益な取扱いをしない」旨の明記をする
このように規定やマニュアルの作成などを含めた丁寧な準備をすることにより、パワハラが発生しない、万が一発生したとしても適切な対応がとれるような体制を整えておきましょう。