約20年にわたる
実際の企業で起こった
労務トラブル事例集2
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最終更新日:2024.10.24
目次
通勤経路を偽って報告し、通勤手当を不正受給していた社員がいました。
この社員を懲戒解雇にすることはできますか?
金額の多寡など事案の性質や行為態様との関係で、懲戒解雇が権利濫用にあたらないといえるのであれば懲戒解雇にすることは可能です。
会社の金銭に絡む社員の不正は、行為態様によっては、
等にも該当し得る重大な非違行為となりますので、厳しい態度で臨むべきであり、このような場合、懲戒解雇を選択しなければならない場合も多くなります。
しかし、通勤手当の不正受給については、故意によるものか、過失によるものかの区別が難しいことに加えて、故意による場合でも悪質性が高いとまで評価しにくい事案もあることから、安易に懲戒解雇等の重い処分を選択すると、懲戒権を濫用したと判断されるおそれがありますので注意が必要です。
特に、初回の不正受給について、直ちに懲戒解雇をするというのは処分が重すぎると判断されやすいため、悪質性の高い事案でない限り初回の通勤手当の不正受給については、
などの軽めの懲戒処分にとどめた方が無難です。
なお、支給要件の勘違いや単なる申告ミス等の過失による不正受給の場合、社員を懲戒解雇にすることは困難になります。
懲戒処分を有効化するためのポイントは下記の通りです。
通勤手当の不正受給が服務規律・企業秩序違反にあたることは明らかですが、例えば3については、当該社員の行為の性質・態様などに照らして、処分や手続きの相当性を判断するなど、要件を満たすかを慎重に検討する必要があります。
過去の裁判例では、懲戒解雇が有効と判断された、
懲戒解雇が無効と判断された、
があります。
この裁判例は、
東京都品川区に居住しながら、会社に対しては、宇都宮市に転入した旨の住民票を提出して転居の届け出をし、住民票上の住所と会社の所在地との間の通勤手当を請求し、約4年半の間に231万3,630円という多額の金銭を不当に利得していた
という事案ですが、当該社員が1日の大半は無断で離席して連絡が取れないという状況にあり勤務態度が不誠実であったということと合わせて、懲戒解雇は有効と判断しています。
こちらの裁判例では、
東京都練馬区の自宅から通勤していた社員が、相模原市の会社事業所近くのアパートを借りて、そこから通勤するようになったにもかかわらず、会社に現住所変更を届け出ず、約3年10ヵ月にわたって従来どおりの通勤交通費の支給を受けていた
という事案です。
裁判所は、本件不正受給は、
と判示しています。
こちらの裁判例は、
通勤経路の変更後も約4年8カ月にわたって従前の定期代を不正受給していた社員を懲戒解雇したという事案において、本件不正受給は、就業規則上の「故意または重大な過失により会社に損害を与えた」場合に該当し、軽視することはできない
などを考慮し、懲戒解雇については合理性、相当性を欠き、無効と判示しています。
こちらは、
社員が通勤状況届において申告した経路とは異なる定期券を購入して通勤することにより、不正に差額分の通勤手当を受給していたことを理由として論旨退職処分がなされた
という事案です。
同判決は、本件不正受給が、
と結論付けています。
なお同判決は、
・通勤状況届に基づいて通勤手当が認定された後は、基本的にその支給継続に当たって特段の審査がされていない
・職員が習い事のために迂回する経路であっても、基金の裁量によって通勤手当の支給経路として認定された事例もある
などから、「支給の合理性につきこれを厳守するという企業秩序が十分に形成されていたとは言い難い」として、懲戒権の濫用を基礎づける事情として考慮されています。
通勤手当の不正受給に対して重い処分を課すという方針をとるのであれば、会社としても通勤のために真に合理的かつ必要な限度でのみ通勤手当を支給し、その支給の合理性を厳守するという企業秩序を形成しておくべきです。
企業秩序を形成するにあたっては、
など、日頃から通勤手当の支給制度を厳格に運用する必要があります。
このような厳格な企業秩序が形成されていない会社で不正受給が発覚した場合に、初回から懲戒解雇等の重い処分を課したような場合は、相当な程度を超えた処分として、懲戒権の濫用と判断されるリスクが高いです。
社員の「通勤手当不正受給」が認められた場合、実際に受給していた金額と本来受給できる金額の差額分は、社員が不当に利得した金銭ということになりますので、会社は、社員に対し当該金額の返還を求めることができます。
不正受給した金額の返還を求める際は、
という対応をとるのが望ましいです。
また、合意相殺について、
社員の自由な意思に基づくと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すれば、労基法24条1項に違反することはなく、適法(日新製鋼事件・最二小判平2・11・26労判584号6貢)
とされており、合意の上で会社の返還請求権と社員の賃金請求権を相殺(給与から差し引き)することも考えられます。
ただし、相殺について合意書を取り交わしておくことは当然として、相殺後の賃金額が社員が最低限の生活を維持することができる水準とするなどの配慮をし、万一合意相殺の効力を裁判で争われたとしても、相殺が社員の自由な意思に基づくと認められるような内容にしておきましょう。